「人に理解してもらうため」に、HSPを使っていませんか?

 

 

HSPは「自分を理解するため」に使おう


時々、自分がHSP・繊細さんであることを、

家族や恋人、職場の人に話したほうがいいですか?というご質問をいただきます。


わたしは、話したければ話せばいいし、

話したくなければ、わざわざ話す必要はないのでは?と伝えています。

 

なぜならそれらは、自分のことをより深く理解するため、

そして自分に合った環境や活かし方を知るために使うものだからです。

それらを人に「わかってもらう」ため、腫れ物扱いしてもらうことが目的の「ラベル」としない。

これは、非常に大事なことかな〜と思います。

 

HSPの型にハマりすぎて、窮屈になってしまう人たち


というのも、最近
セッションをしていて気になるのが

「自分はHSPだから」という型にハマりすぎて、

その小さな枠から抜けられなくなってしまう傾向が増えていることです

 

HSPだけの集まりやグループも今だいぶ増えてきていると思いますが

お互いの傷を舐め合う目的で集まってしまうと、どうしても「被害者意識」が強まってしまいます

自助グループなどにもよく起きることです。

 

何でもかんでも、あることないことのすべてを勝手に「HSPあるある」として断言してしまうと

本来は「変えられる」トラウマの部分までも、「変えられないもの」だと諦めてしまい、

自ら選択肢を狭めてしまうことになりかねません。

 

繊細さんと非繊細さの溝を深めていませんか?


そうした集まりにまとまってしまうのが心地よくなると

HSPではない、繊細ではない人との距離を、自ずと遠ざけてしまうことになるかもしれません。

どうせこの人は非繊細さんだから、話してもわかるわけないと、勝手に拗ねて生きてしまうかも。

 

本当に人に話す必要があるのは「自分がHSPである」ことよりも

「自分は何を不快に感じる人間なのか?」という具体的で、個人的な説明です。

実際、相手にとっては「あなたがHSPかどうか?」なんて、結構どうでもよかったりします。笑

それよりも、あなたを大切にしてくれる人は

「あなたがどんな人間で、何をされると嬉しくて、何をされると悲しいのか?」が知りたいのです。

 

嫌なものは「嫌だ」と言える関係を築く


あなたは、あなたにとって嫌なものを、大切な人にきちんと「嫌だ」と伝えられていますか?

この自己開示を怠ったまま、心地よい人間関係を築くことはできません。

これは、繊細さん同士でも同じこと。

同じHSPだからって、必ずしも心地よい関係を築けるとは限りません。

不快に感じるものの度合いは人それぞれ、実際に話してみないとわからないからです。

 

「HSPか?非HSPか?」という目で人を判別するのではなく、

自分が大切にしているものを、大切にしてくれる人を、大切にしていければそれでいい

わたしは、そう考えています。


型にハマりすぎて窮屈に感じていたら、

一旦自分がHSPだということから離れてみてくださいね🍀


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