プロフィール

はじめまして、心理セラピストあおちゃんこと、青村咲です

 

30年以上「自分なんて」が口癖で、散々人に振り回されていたのに‥

今では芯のある女性言われるようになった

強HSP・元アダルトチルドレンの

心理セラピスト 青村 咲(あおむら さき)です。

プロフィールをご覧くださり、誠にありがとうございます。

 

専門的なカウンセリングや心理セラピーを受ける場合には、

専門家であるわたしとの相性がとても大切になってきます

セッションを受けようか迷っているとき

「自分に合うかどうか?」不安になるのは、当然のことです。

 

わたしの印象としては、よく

「一緒にいると落ち着く、声に癒やされる」「ペースを合わせてくれる」

「言語化を手伝ってくれるので安心して喋られる」と言っていただけています。

 

わたし自身、もともとあがり症、対人恐怖を抱えていた身ですので、

ご相談者さまができるだけリラックスできる空間づくりを人一倍心がけております。

 

以下に、少し長いですが、わたしの経歴や生い立ちについて書いてみました。

ぜひご参考にしていただければと思います☘

 

動画で見たい方はこちら⬇

※音量、再生速度をお好きに調節できます。 

・愛知県生まれ。強度HSPの元アダルトチルドレン。
・闘病中の父親がアルコールに溺れ、家族に暴言暴力で当たり散らす毎日。
・友達ができず、対人恐怖に苦しみ、意地悪の的にされる幼少期。
・学生時代から悪夢、金縛り、動悸、偏頭痛、不整脈などの心身症に悩まされる。
・いじめの的にあっていた兄から八つ当たりを受け始めると同時に、母が突然うつ病に。
・あがり症、顔面麻痺。自己犠牲で自律神経が大きく乱れて何度も倒れる。
・社会人になり酷いパワハラにあい、1日2〜3時間しか眠れない日々が続く。
・ダメンズばかりを渡り歩き、婚約破棄から人間不信に。
・暴飲暴食でアレルギーが悪化。怒りを爆発させて、人にぶつけてしまうようになる。
・20代半ば、不幸のどん底真っ只中に、突然父が亡くなる。
・自己啓発、スピリチュアル、コーチングに身を委ねるも、苦しみが一向に変わらない。
・自己否定が悪化し、引きこもりニートに。
・母のうつが再発。「離れたいのに離れない」母と共依存関係にあることに気づく。
・心理学を学んで3ヶ月後、兄の八つ当たりを自力で止めることに成功。
・知識だけでは解決しなかった生きづらさの根っこが、心理療法で180度激変!
・技術投資を重ね、独自の「ココロすっぴんセラピー・カウンセリング」を開発。

 

ひたすら耐える幼少期

わたしは、物心ついた頃からずっと、我慢することが癖でした。

とても内気で、対人恐怖を抱えていました。

どもり、解離(幻想に逃げ込む)があり、ろくに人と目を合わせることができませんでした。

 

闘病中の父親は、アルコールに溺れ家の中で暴れていました。

いつ攻撃されるかわからない・・だから、目立たないように・・息をひそめる毎日を送っていました。

 

父は話し合いができない、いわゆる自己愛的な人でした。

納得いかないことが少しでもあると「てめえ、ふざけんじゃねぇぞ!」と

家族を威嚇暴力でねじ伏せようとしました。

体罰としてビンタが飛んできたり、胸ぐらを掴まれることはしょっちゅうでした。

怖くて泣いてもまた怒鳴られるので、

わたしはフリーズすることで自分の感情を抑圧していました。


何が悪いのか?はわからない。

ただ怒られる自分が悪いんだと思っていました。

 

そんな中、わたしが一番つらかったのは夫婦喧嘩に巻き込まれることでした。

愛すべき母と父が、いがみあっている姿など・・見たくはありませんでした。

 

そして、精神的に限界となった母が、突発的に子どもを置いて家出しようとするのを

わたしは死ぬ物狂いで、泣きながらすがりついて止めていました。

 

家も外も「世界はキケンな場所だ」

家のことで頭がいっぱいで、

外でみんなと無邪気に遊ぶ気にはなれませんでした。とにかく心底疲れていました。

「子どもらしく」の意味が、よくわかりませんでした

 

そして、外でもわたしは、意地悪の標的にされるようになりました。

突然近所の中学生からつばをかけられたり、同じ保育園の女の子に髪を切られたり、

友達に壁にぶつけ飛ばされたり、男の子にいきなりビンタされたり石を投げられたり・・

 

とにかく人が怖かったので、

集団で生活する保育園、学校が地獄でした。

「何を言いたいのかわからない」と仲間はずれにもされました。

そしてこの頃から、不良グループのいじめの的にあっていた兄からも、八つ当たりを受け始めます

 

家でも外でも、わたしには心休まる場所がない。

攻撃される恐怖から、自分の気持ちを誰にもさらけ出すことができず、いつも孤独でした。

「世界は危険な場所で、わたしは傷つけられる存在」

そんな思いが、対人恐怖をより強くしていきました。

 

人気者になりたかった学生時代

わたしは、クラスの人気者にとても憧れを抱いていました。

誰もわたしになんて、関心をもってはくれないしわかってもらえない。

でも、明るい「いい人」にイメチェンすれば・・もしかしたら、みんなから愛されるかもしれない。

自分の存在価値を、人に認めてもらうことで

必死に埋めようとしていました。

 

髪型から話し方、字の書き方まで・・

目に見えるものすべてを180度変え「好印象」を研究し尽くしました。

すると、9クラスもある学年の「いい人」ランキング第1位に選ばれ、クラスの男子何人にも告白され、

学級委員長に抜擢されてしまったのです。

 

しかし、その脆い「仮面」で築いた成功は、そう長くは続きませんでした。

「すべてを自分の手柄にしたい」という承認欲求が裏目に出てしまい、

クラス全員の信用を一瞬で失ってしまう事件が起きてしまいます。

 

突然ブレーカーが落ちたような感覚で血の気が引き、もう二度と自分には、

輝かしい「スポットライト」が降り注ぐことはない・・と感じました。

 

失敗するのが怖い・・あがり症を発症

 

その「大失敗」以降、わたしは学校に行くのが苦痛で苦痛でたまらまくなってしまいました。

みんな自分のことを哀れに見ているに違いない

どうせダメなやつだと思っているに違いない」と人の目がより一層怖くなり、

「あがり症」と「赤面症」を発症してしまいます。

 

自己紹介したり、発表をしたり、発言を求められたりすると、途端に頭が真っ白になり、

声がうわずり手足が震えて、周りがざわつくほどのパニック状態に陥りました。

「ダメな自分」が浮き彫りになるのが怖くて、批判されて価値が下がるのが怖くて、

たくさんの目線が自分に突き刺さっている感覚が、恐怖でたまらなくなりました。

 

それから長きにわたって「絶望される」「崖っぷちに立たされる」悪夢を何度も見たり

金縛りに苦しめられたり、指の皮をむしるなどの自傷行為に走ったり

動悸、偏頭痛、不整脈などの不定愁訴・心身症に悩まされ続けることになります。

 

母親がうつ病に・・自己犠牲を受け継ぐ

そんな中、ある日、家に帰ると母が部屋を真っ暗にして「死にたい」とつぶやいていました

相変わらず激しい性格の父親の看病に心身疲れ果て、家事もままならない状態でした。

わたしは、その瞬間にハッキリと母親に求めることをやめたのを覚えています

自分のことはさておき、とにかく可哀相な母の片腕になれなければ。

父と兄の八つ当たりに耐えながらも、母に尽くすことでわたしは何とか自分を保っていました。

しかし、家でも外でも「いい子」の仮面をかぶりつづけたことで、顔面が麻痺してしまいます


あれ、笑うってどうやるんだっけ?

笑おうとしても、筋肉がピクピク硬直してうまく動かせない。

本当の笑い方が、よくわからなくなってしまったのです。

 

本当の地獄は社会人になってから

人の顔色ばかりを伺い続けて自己犠牲の疲れが蓄積し、

自律神経を大きく乱したわたしは、何度も倒れていました。

 

病院で何度検査をしても異常が見つからなかったので

薬を飲むことで、どうにかごまかしていました。

 

人のことなんて助けてる場合じゃないのに、相談されたら「NO」と断ることができず、

自分自身の苦しみを誰にも打ち上げることができず、自分をすり減らし続けていました。

自分のやりたいことが全くわからなかったわたしは、

消去法で事務職に流れつきます。そして、そこで酷いパワハラにあい、

1日2〜3時間しか眠れない日々が数ヶ月続きます


上司2人がグルになり、別室で
「わたしをいかに辞めさせるか?」という話し合いで仕事を放棄。

新人であるわたしに、3人分の仕事が降りかかろうが、過労で倒れようが周りの人は見て見ぬふり

誰も手を差し伸べてはくれませんでした。

 

そもそも、そこはブラック企業

無給休日出勤を含めると、マックのバイトよりも安月給でした

わたしは耐えかねて、何度もパワハラしてきた相手の車に傷をつけたくなりました。

また、こんな状況に追い込む会社を、いっそ燃やしてやろうか・・とまで思いつめました。

 

しかし、本当の問題はなぜそこまでされて、わたしは耐え続けるのかでした。

「辞めたら負けだ」「根性だけが自分の取り柄」と思い込んでいたわたしは、

意地になって死ぬ物狂いで出勤したのでした。


1年半に渡るパワハラを「寿退社」で、どうにか逃げ抜くことができましたが、
その時に抱えた

恨み憎しみは、消えるどころか、その後のわたしの人生をよりいっそう大きく歪めていくのです。

 

恋愛でもわたしは「大切にされない」

 

その頃のわたしには、生きがいが何もありませんでした。

だから「愛されるため」に、すべてのエネルギーを注いでいました。

 

しかし、そこでもわたしは、自己犠牲で自分から相手の母親になってしまったり

必死に「いい彼女」をアピールしたり・・出会う人出会う人みんな

「わたしを雑に扱う」ダメンズに育て上げてしまいます

 

そしてわたしは、彼氏にもスッピンを見せることはありませんでした。

気を抜いた姿を見せることも、本音を伝えることも。。

 

幼少期のころから身につけた重い鎧を、決して脱ぐことはありませんでした

わたしにとって「緊張を緩めること=キケン」だったからです。

 

「いかに完璧に見えるか」「女子力の高さ」にこだわり

洋服、髪型、化粧、しぐさ・・外見ばかりに力を注いでいました

華やかさがあれば「愛され女子」になれると思い込んでいたからです。

 

そんな状態でどうにか婚約にこぎつけるも、同棲して1ヶ月で婚約破棄に。

理不尽な言いがかりで「婚約指輪を返せ」と言われたり、突然「やっぱりやり直そう」と言われたり・・

自分の気分でコロコロ態度が変わる二重人格の彼に疲れ果て、人間不信に陥りました。

 

感情が大爆発・・気づけば父親になっていた

 

婚約を機に転職した新しい職場では、若干ブラックではあるものの、人間関係に恵まれました。

しかし、自暴自棄になっていたわたしは、精神的にものすごく不安定になり、ヒステリックに。


人の小さなミスが許せなかったり、
「あなたのここが間違ってる」と攻撃し始めたり・・

気づけば今度は自分が、父親のように

怒りで人を支配するようになってしまいました。

 

自分が崩壊してしまうのではないか?と思えるほどの感情が、洪水のように溢れ出て

自分で自分を止めることができない。自分のことが、怖くなりました。

 

次第に同僚に「あおちゃん、こわいよね」と噂されるようになり、

仲良く話していた人が、どんどん離れていってしまったのです。

 

自分いじめが加速・・体が悲鳴をあげる

 

恋愛も仕事も、何もかも、全部うまくいかない。

何をやってもダメな自分が、情けなくてたまらない。

「わたしなんて、こんなもの食べてればいい」と、駄菓子をご飯にする「自分いじめ」の日々が続きました。

 

荒れ果てた生活で、持っていたアレルギーが大爆発を起こし、顔面が化物のようにパンパンに腫れ上がり、

全身に蕁麻疹が出始め、会社を休むほどの体調不良に陥ってしまいます。

 

華の20代を謳歌する「リア充」の周りと比べて、わたしは・・

人に強い嫉妬心を抱いては「自分なんて」とダメ出しをし続ける日々。

 

こんなに苦労しているのに、報われない自分が切なくて悔しくて・・

自分の不幸をひたすら呪っていました。

 

父の死で、目が覚める

そんな不幸のどん底の20代半ば、

トドメをさすように父親が突然亡くなりました

 

最期にどんな言葉を交わしたか思い出せないほど、わたしは、亡くなる直前まで父親のことを

死ねばいいのに」と毛嫌いし、避けていました。


亡くなってはじめてわかった、父への愛情

もっと健全な関係で結ばれたかったという想い

心にすっぽり穴が空き、罪悪感に襲われ続けました。

 

食事を摂るのも忘れるほど泣き続けて、ようやく状況が把握できたとき

「人は本当に突然亡くなるんだ」ということを身をもって実感しました。

 

もし、わたしの人生が明日終わるとしたら・・後悔のない人生だったと言えるだろうか?

答えは絶対に「NO」でした。

 

就職したときも、婚約したときも・・

わたしの人生なんて、まぁこんなもんだろ」と諦め妥協し

自分の人生の舵を投げ捨てていたのは、このわたしでした。

 

わたしは初めて自分の「本当に生きたい人生」について、本気で考えはじめたのです。

 

自己啓発、スピリチュアルに救いを求めるも、苦しみが減らない

 

わたしの中の、何かがおかしい。

 

そう感じたわたしは、食生活の改善や自分磨きをしてみたり、

自己啓発、スピリチュアル、引き寄せ、コーチングなど・・

ありとあらゆる未来志向のポジティブな救いの手を求め続けました

講演やセミナーへ活発的に飛び回り、行動している自分に酔っていました。

 

それらは、わたしをとても心地良い気分にさせてくれたのです。

自分の価値のなさを、埋めてくれる気がしたのです。

今までのつらい過去を忘れさせてくれ、未来に希望を与えてくれるものでした。

しかし、何年たっても、いくら資金を注ぎ込んでも、

根本の苦しみが一向に減っていきませんでした

むしろ、いつまでたっても結果が出ない「できない自分」に嫌気が差しはじめ、

エセポジティブで仮面をかぶっていた自分に無理が生じ、抑え込んでいたネガティブが一気に爆発。

 

無気力状態に引き戻され、余計に自己否定を強めてしまうことになり

引きこもりニートとなってしまったのです。

 

心理学を勉強、やっと光が見え始める

 

そして、母は2度目のうつを発症。

兄のわたしに対する八つ当たりには、いよいよ拍車がかからなくなり

取っ組み合いの喧嘩をした挙げ句、ついに兄妹の縁を切るというところまでいきました。、


わたしは、わたしをはじめ

家族全員が、心の問題を抱えていると思いました

父がいなくなっても、状況が全く変わっていなかったからです。

 

 

わたしは、最後の頼みの綱として、すがりつくように

心の仕組みを本格的に勉強することにしました。

 

心理学を勉強し始めたのは手探りでしたが、地に足を着けて絡んだ糸をひとつひとつ解いていく感覚に

わたしは快感を覚え、喜びさえも感じていました。

 

「そうか、わたしは人の心に興味があったんだったなぁ・・」

わたしは、ずっと「人が苦手だ」と思い込んできました

 

しかし、それは「好き」に重い蓋が被さっていただけの話。

本当は人と関わりたくて、深い部分で繋がりたくて、たまらなかったのです。

 

見方が変わり、化学反応が起きる

 

心の勉強をし始めて3ヶ月も経たない頃、

自分の見方が変わり、人への接し方もすこしずつ変わっていきました。

 

母のうつ病も自然と改善し、

10年以上続いていた兄からの八つ当たりが、

ピタリと嘘のようになくなっていったのです。

これには本当に驚愕しました。

 

あれほど鉛のように動かなかった母は、今では誰よりも元気に旅行に飛び回り

兄はまるで恋人でも接するかのようにわたしに優しくなったのです。


心理学の本には
「他人は変えれない。変えられるのは自分だけ。」と必ず書いてあります。しかし

自分さえ変われば、他人に化学反応を起こすことはいくらでも可能なのです。

 

もちろん、全く変わらない人もいます。

例えば、自分を全く顧みない「毒親」と言われるような人たちは特に。

「変わりたくない」人を無理やり変えることは、不可能に等しい行為です。


しかし、本当の自分を発揮することで
相手の出方が変わることは、現実にはよくあることなのです。

 

知識だけでは、人は根本的に変われない

 

こうして心理学の味をしめたわたしは、どんどん知識を頭に盛り込んでいきます。

しかし、すぐに新たな壁にぶち当たりました。生きづらさを根っこを改善するには、

知識だけでは限界があることを思い知ったのです。

 

その1つとしては、まず、

無意識の領域には自分でアクセスすることができないということ。

 

わたしたちの人生を大きく左右しているのは「無意識(潜在意識)の部分」です。

だから、どれだけポジティブ・シンキングで意志を奮い立たせても、頭で理解しても、

潜在意識に何の変化も起きなければ、人生を根本的に変えることは不可能だったので

 

人は、悩みを持つことに、必ず「メリット」を持っています

「自信がない」と言っていれば「挑戦しなくていい」言い訳ができるように。

 

このメリットを手放すことは、命に関わるほどの「恐怖」です。

感じないようにしている恐怖に、自分でメスを入れることは、なかなかできません。

 

そして、もうひとつは愛情や絆の問題です。心理学に

人間関係で生まれた傷は、人間関係の中でしか癒せない」という言葉があります。

自分の中にある孤独感、つまり愛情不足の問題や、

人がこわい、人を信じられないといった絆の問題に必要なのは

知識ではなく「体感レベルでの気づき」なのです。

 

心理セラピーで激変!!重い鎧を脱ぐ

 

わたしは、地に足を着けて自分と向き合う覚悟を決め、心理セラピーを受け始めました。

長年の母との共依存関係*1 (詳しくはこちら)を断ち、父との間に起きたトラウマを癒やし、

体にいっぱい溜め込んで我慢してきた言葉たちを、自分自身を、どんどん解放していきました。

 

自分を守るための鎧が、こんなにも今の自分を苦しめて、重くなっているなんて

自分がどれだけ孤独の殻に閉じこもり、狭い世界の中で生きてきたかを思い知りました。

 

「これじゃ身動きできなくて当然。潰れて当然だよな」そう思えたとき、自然と自分を許せていました

「自分はダメな人間だ」と自分を責める習慣も、自己犠牲で自分を不幸にする人間関係も、

自らの手で手放すことができました。

 

そして「わたしはわたしのままでいい」と、心から安心することができました。

わたしはすっぴんのまま脱力状態で、充分完璧だったんだと気づくことができました。

 

自分と仲直りすることで

ずっと戦争状態だった心に、ようやく平和が訪れたのです。

 

大切なのは「自分の人生を大切にしたい」という気持ち

 

そして今、わたしは心理セラピストとして、人の背中を押す立場についています。

あれだけ人が怖くて、自分の人生から逃げ続けていたわたしが

目の前の人と、愛情のつながりを再構築していくお手伝いをしている。

 

年間100万以上の技術投資を重ね、

独自の「ココロすっぴんセラピー・カウンセリング」を開発し

自己肯定感を取り戻すセッションを提供できるようになりました。


自分を幸せにした分だけ、人を幸せに導くことができる

ということを今しっかりと肌で実感しています。

 

わたしをここまで支えてきたものは自分の人生を大切にしたい」という気持ちです。

この気持ちさえあれば、どんな不幸もバネすることができます。

 

そしてあなたにも、必ず「自分の人生を立て直す力」が宿っています。

今からでも、決して遅くなんかありません。

 

「自信がない」を言い訳に、諦めてきた数々の幸せや喜びを

あなたにも全身で味わってもらいたいと思っています。

 

だからもうこれ以上、ひとりで我慢して

自滅パターンを繰り返す人生は終わりにしませんか?

今のやり方で頑張っても、同じような未来しか来ないことは、あなたも薄々わかっているはずです。

 

あなたのような思いやりにあふれた方が、ちゃんと報われる世の中を作りたい。

かつてのわたしのような「孤独に頑張り、我慢する人」をひとりでも減らしたい。

そんな思いで、活動させていただいています🍀

 

こんなにも長い気の遠くなるような文章を、最後までお読みいただいてありがとうございました。

少しでも希望を抱いていただけたら、嬉しく思います。

 

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